見聞録


荒子観音
撮影:1996.11.10

◆荒子観音概要◆
山門と多宝塔


 この日は荒子観音を見てから熱田観音巡りの一番〜十一番までを歩いた。
このあたりは前田利家が加賀に移るまでの間、荒子城を構えていた。

笠寺(南区)、竜泉寺(守山)、甚目寺と並び称される「尾張四観音」の一つで、729年の創建と伝えられる。
山号は浄海山。観音寺の名前だが、荒子観音として親しまれている。
境内の多宝塔は1536年に再建された、名古屋市内最古の建造物(重要文化財)。
織田信長の比叡山焼き打ちに絡んで焼失したが、前田利家によって天正4年(1576)に再興された。
昭和50年、住職が多宝塔内を清掃中、ほこりの積もった木箱の中に1020体もの円空仏が発見され、
円空仏の寺でも有名になる。円空仏は毎月第二土曜日に公開される
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◆荒子観音界隈MAP◆
名古屋市中川区荒子町宮138

TEL-052−361−1778
交通 地下鉄東山線高畑駅下車、東 へ600m徒歩9分           
車 JR金山駅の南の国道19号線新尾頭信号を右折し、県道29号線を西に進み荒子1の信号を左折しすぐ
  
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◆荒子観音概要2◆
多宝塔

開祖は信仰の山・白山を開いた泰澄(たいちょう)といわれる。
奈良時代の天平元年(729)に創建したと伝えられ、天台宗の古刹。
天正12年(1584)に太閤検地により寺領が没収されたが、徳川義直公の庇護を受け再び繁栄。
もとあった場所から、南へ約一キロ下った現在の位置に移ったのは、江戸時代中期の享保12年(1727)とされる。
江戸時代には火災に遭うなど、焼失するたびに再建されている。
本尊は聖観世音菩薩。第十三番札所へは約13km 。
現在、境内には、室町末期の禅宗様式をとどめ、重要文化財に指定されている多宝塔などがある。
本堂は1994年にも火事で焼失、3年後に再建されており、古さと新しさが同居している。
円空仏は、当時の住職円盛が円空に造ってもらったもので、仁王像や千体仏など多数がある。

多宝塔の初の解体修理工事は、平成11月1日〜13年6月30日に行われ、
10月27日(土)に一般公開された。(平成13年11月7日)
上層は唐様、下層は和洋で、室町末期の禅宗様式の特長をよく表わしている。
  
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◆荒子城跡◆
富士社天満社

 大河ドラマで有名になった前田利家生誕の地。
薄暗い天神社(冨士大権現天満天神宮)の森の中に、「前田利家卿誕生之遺址」の碑が建っているだけだった。
加賀藩主となった利家を輩出した城跡なのだが、ほとんどの人が知らないまま案内板が残されている。
利家の父・利昌が築き、兄・利久、利家、長男・利長と受け継がれていった城だった。
1575年に前田氏一門が越前へ転封となり、それに伴って廃城となった。
 




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