見聞録


東山公園〜山手通〜八事
撮影:1996.9.29

◆東山公園とスカイタワー◆
概要
★愛知県:名古屋市★
 東山公園 スカイタワー
 ・動物園、植物園、展望台があり
  東部から名古屋が一望できます。
  高さは、地上134m。
  標高80mの丘の上にあるため、標高では214mになる。
  名古屋市制100周年を記念して1989年に建てられた。

 
◆東山公園〜本山〜八事案内図◆
所在地
愛知県名古屋市千種区界隈

最寄駅:名古屋市営地下鉄東山線東山公園
    名古屋市営地下鉄名城線東山公園・本山〜八事
東山公園から本山〜八事は山手通り沿いに大学も多く
学生の街として広がっている。   
◆桃巌寺山門◆
桃巌寺  地下鉄東山線本山駅のある交差点から、山手通を南へ、名古屋大学に向い、左手に桃巌寺見える。
 入口の門は下層が饅頭型、上層は桃山風の花頭窓で少々変わっている。境内に入り、左手に弁財天を見ながら奥へ行くと、織田信秀の墓がある。
 桃巌寺は、末森城主で信長の弟だった信行が、父信秀の菩提を弔うために建てた寺で、元は末森城の南にあったが江戸時代(正徳2年:1714年)に現在地に移された。
 桃巌寺という寺号は信秀公法名の桃巌道見大禅定門の頭文字。境内は、約4,000坪。四季折々に花をつけ、楓桜樹など名木数多く美しい竹林などと共に庭園美を競っている。都会の中で静寂なやすらぎの場になっている。   
◆桃巌寺大仏◆

 庭園や竹林を抜けると、如来像見える。俗に名古屋大仏といわれている。
  当時、仏像への理解があまりなかったので、詳しいことは記憶にないが、こんな所にという驚きがあった。  
◆西行院山門◆

 西光院寺は「浄土宗西山禅林寺派」に所属し、本尊は阿弥陀如来像。開創は永正・大永年間(西暦1504〜1527)清須城内に創建。開山は「空眼久悦上人」。
 織田信長寄進と伝えられる「赤門」もあったが、太平洋戦争の為、八事山手通りに移転。  
◆西光院本堂◆

 平成9年11月本堂外部より不審火の災害に焼失、平成15年10月上棟式を迎え、木造本堂などが再建された。
下記文献にも登場した大きな寺院だったようです。寺院内の庭園は手入れが行き届いました。

◎当山歴代名簿譜=宝暦6年(西1757年)
◎尾張名所図会=天保12年(西1841年)
◎尾張名陽図会=文化、文政(西1810年)
◎尾張志(藩撰)=天保14年(西1843年)  
◆西光院本堂:唐破風◆

 西光院本堂:唐破風
平成になって再建されたようだが、蟇(かえる)股や、懸魚(げぎょ):兎毛通(うのけどおし)などは室町〜桃山時代の雰囲気を出している。  
◆天道山 高照寺◆

 天道山 高照寺は、名古屋の東郊一帯の丘に位置し、付近の山々、谷々に、興正寺、半僧坊、など散在し、高照寺等の山門、伽藍、塔宇が美しい山の丘陵地に八事山の霊地として創建された。
そして、今でも天道の地名が残っている。
 高照寺は、臨済宗、元は、延喜式神名帳に記載のある丹羽郡稲木荘寄木村の稲木神社(稲置天神)で、亨保9年(1724)天道山高照寺と改名した。
寛保元年(1741)愛智郡八事邑の現在地に遷座。本堂は、天道宮ともいわれ、本尊は天道大日如釆を祀っている。
往時の寺域は広大で、五社宮はもちろん、八事の八勝館あたりまで境内であったという。
10月には天道祭り(俗におてんとう祭り)が行われる。  
◆五社宮◆

 五社宮由緒によれば元は尾張国丹羽郡寄木村(現在の江南市大字寄木字東郷中)に天道社と称して鎮座した。
同じ村の天道山高照禅寺が祭祀を執り行なっていたが、寛保元年(西暦1741年)に高照禅寺自貞尼によって現在地に遷座したとあります。
神仏分離のためか、明治の始め頃より五社宮と称して今日に至っている。
社殿老朽のため氏子中の浄財により改築に着工し平成三年十月竣工したとある。  




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