見聞録


1995年1月17日 阪神・淡路大震災
撮影:1995.2.4

◆01三宮駅前バスターミナルビル◆
1995年1月17日阪神・淡路大震災

 1995年1月17日の早朝5時46分日本経済を揺るがす大地震が起きた。
阪神・淡路大震災は日本の大動脈を分断、直下型だったので、津波の心配はありませんでしたが・・・
 しかし、倒壊した建物や大火災で6434人の人がなくなりました。
直下型の恐ろしさは地面が波のようになっていて、1m違いで倒壊か無事かの境目になっているところである。
 構造強度や壁のバランスの考慮不足が、まるで手抜き工事ようにあちらこちらで壊れて、いや倒壊していた。
 それまでの、標準だと思っていた設計が実はそうではなかったんだ・・・というショックを受けたのを、昨日のように思い出す。
このあと建築基準法が大幅に改正されたのは、言うまでもない。
 
◆02三宮駅前大丸向え側ビル◆
何処にでもあるビル
中層の連窓ビル
3〜4階部の破壊があり、潰された人も大勢にのぼった。   
◆03三宮駅前大丸付近商店街◆
どうしたらこんな壊れ方が・・・
 自分の平衡感覚が判らなくなるぐらい
手前から商店街の奥までどちらかに傾いた建物ばかり。
直下型の縦振動が弱い部分を潰した。   
◆04三宮駅前そごう◆
潰れたフロアー
 一見すると、そんなにひどそうではないが、
よく見ると、SOGOのO文字から左側が1階分潰れている。  
◆05市役所筋◆
昼間の仕事時間だったら・・・
 市役所筋の界隈はこのような潰れ方が多い。
かなりの縦振動だったに、違いない。  
◆06市役所裏手筋◆
壁のバランス
 壁のバランスが悪いとこんな壊れ方になる見本
日本中このようなビルは標準的に建っている。  
◆07鉄道高架南筋西側◆
異構造の接合部
 何気なく設計していた、異構造の屋外階段や階段室の接合部がこんなに・・・  
◆08生田筋界隈◆
倒壊したビルの街
 あちらこちらで倒壊しているので、感覚が麻痺してくる。
この街の再生はあるんだろうかと、真剣に思った。  
◆09山手通り筋◆
まずは解体から
 解体工事をするにも、どんな安全策があるんだろう・・・
周りも壊れているんだから、一気に壊すのか?
しかし、倒壊してなければ、雨露をしのぐのに建物に残っている人もあるだろう。  
◆10中山手通り筋◆
ピサの斜塔のようなビルも
 道路側に傾いたり、隣のビルにもたれ掛かっているビルもある。
三宮に入ったのは、震災後約2週間してから。
震災の街は混乱していた。  
◆11鉄道高架橋桁◆
鉄道高架の応急措置
 三宮に通っていた、JR、阪神、山陽電車の復旧と
阪神高速道路の復旧工事が始まっていた。
最優先で復旧しなければ、日本経済が半身(阪神)不随状態だ。
洒落にもならない。
この年の暮れ、神戸市は復興の掛け声と共に、ルミナリエを開催した。
観光都市のとんでもない心意気に、目から鱗(ウロコ)が落ちた!  




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